病気の原因や治療、健康ダイエット法を知ろう!

《医師直筆》医学的に内側からやる気を出す方法ってあるの?

 

こんにちは。からだプラン代表医師の橋本です。

 

普段は内科医として働いていますが、実は医学生向けの教育事業もしており、そこでよく相談されるのはこんな内容です。

 

 

医学生のお母さん
「こんにちは。先生早速ですが、相談があります」

 

橋本
「はいはい、なんでしょう。」

 

お母さん
「うちの子、勉強のやる気が出ないって言って、全く勉強しないんです。医学生にもなって。」

 

橋本
「まあ、医学生に限らず、どこでもみんなやる気に悩んでいますよ。」

 

お母さん
「え、そうなんですか?大学生なんて、みんな真剣に勉強するのが当たり前じゃないですか」

 

橋本
「ちなみに、お母さんは大学生の時に何してました?」

 

お母さん
「私ですか?昼間は大学をさぼってテニスをして、夜はお兄ちゃんたちブイブイ言わせてましたよっ(*´▽`*)モテたんですよ~~♪」

 

橋本
「(カエルの子はカエ、、、)いえ、素敵だったんですねっ!笑」

 

 

外来でも同じように、やる気で悩んでいる患者さんが沢山います。

 

患者さん 「先生、どうして薬って飲み続けないといけないんだい?」

橋本 「飲み続けないと、身体がおかしくなっちゃうからだよ。それが嫌なら運動しようよ」

患者さん 「運動は断固拒否っ」

橋本 「頑固ものー。したら食事ぐらい気を付けてよね?」

患者さん 「食事もやる気が続かないんだな~。先生に会った日だけ頑張れる。」

橋本 「その理屈だと毎日会わなきゃ駄目やん。俺はあんたの彼女かっ( `ー´)ノ」

 

ということで、今回はやる気について説明したいと思います。

☆内発的動機付けの定義

そもそも動機とはなにか

「動機」というのは、あまり日常会話で使うような言葉ではないかもしれませんね。

 

「犯行動機」というように、(普通はやらないようなことを)あえてしようと思った理由というような、とても変わった意味を持った言葉をイメージしてしまうかもしれません。

 

これは実は翻訳の問題で、英語でいえばモチベーション(motivation)のことです。

 

いろんなビジネス書や自己啓発本などでは、よく出てくる言葉ですね。もはや日本語としても馴染みのある言葉でしょう。

 

「動機」というのは、実は心理学や行動分析学といった領域で非常に長きにわたって研究が重ねられてきた領域です。

 

人間の行動メカニズムを説明するために、「この行動の引き出すやる気の源ってなんなの?」という問いはそれだけ重要だと考えられてきたのです。

 

たしかに「やる気が出ない」という悩みは多くの人に共通で、これが解消できるなら、誰にとっても人生は今よりずっと良いものになることは間違いないでしょう。

 

動機付けという言葉の意味

動機という言葉の意味はここまででわかったとして、では「動機付け」という言葉はどういう意味でしょう。

 

これは一層聞き慣れない言葉かもしれません。

 

一般的には、やる気というのは、自分の意思で自発的に「出す」もののように捉えられがちです。

 

しかし、心理学では行動科学で、動機について考えるときには、必ずしもそんな風に人間のやる気を考えることはありません。

 

もしも無限にやる気が湧いてくるなら、そもそも「動機」について研究する意味はなくなるでしょう。

 

そうではなくむしろ、なんらかの原因があって、それが人間の心に動機を「与える」という考え方をします。

 

こうして、なにかの原因によって人間の心に動機が「与えられる」ことを、「動機付け」と言います。

 

内発的動機付けという言葉の意味

話はどんどん進んでいきます。

 

いよいよ本題、内発的動機付けの話になります。

 

この動機付けが、「内発的」であるというのはどういうことなのでしょう。

 

内発的動機付けとは、読んで字のごとく「内発」、つまり自分の心による自発的な動機づけのことを言います。

 

これは、「お金を稼ぎたい」「他人から尊敬されたい」といったような、自己の外部から与えられる動機付けと区別されます。

 

あくまでその行動をとることそれ自体が目的となっていて、別のなにかを得る手段となっていないことがポイントです。

内発的動機付けの例

自己実現の探求を結びついている場合

内発的動機付けというのは、すごく簡単に言ってしまうと「夢中で頑張っているときのモチベーション」「やることそれ自体が面白いからやってみたいという意欲」という風に言えるでしょう。

 

たとえば、「大会で優勝して有名になりたい」という動機で、日々トレーニングを行っている陸上選手であれば、それは内発動機付けとは言えません。

 

そうではなく、「走ることが好きで楽しい」というような場合に、その動機は内発的な動機に基づくものだということになります。

 

金メダルをとるようなアスリートであれば、こういう場合が多いかもしれません。

 

地位や名声、お金儲けのためにやっていることというわけでもないでしょう。

 

もしそうしたものが目標なのであれば、世界一にたどり着く前のところで、すでに満足してしまうことでしょう。

 

かといって、こういったストイックなアスリートの取り組みを、単なる趣味や気晴らしと同じということもできないでしょう。

 

強いて言うならそれは、「自分らしさの探求」といった言葉で表現するとしっくりくるかもしれません。

 

このように他者からの評価や名声とは離れて、「自分で自分の可能性をすべて発揮しつくしたい」といった欲求のことは、自己実現欲求などと言われたりします。

 

自己実現欲求は、内発的動機付けの例としてはもっともわかりやすい例かもしれません。

 

趣味や娯楽、ストレス発散と結びついている場合

自己実現の話にまでいかなくとも、内発的動機付けの例はもっと身近なところにもたくさんあります。

 

私たちを様々な行動に駆り立てているものは、内発的な動機である場合あれば、そうでない場合もあります。

 

内発的動機付けの例は無数にありますが、もうひとつつくらい取り上げてみましょう。

 

たとえば、毎日欠かさず自炊する人が、「健康管理のため」「食費を浮かせるため」という動機によるなら、それは内発的な動機とは言えないでしょう。

 

そうではなく、たとえば「夢中で料理をしているとストレスが発散される」といったような場合であれば、内発的動機付けが成立していると言えます。

内発的動機付けを理解するポイント

外発的な賞罰が動機の原因でない

内発的動機付けを理解する際には、外発的動機付けとの区別が大切になります。

 

外発的動機付けの話は別コラムに譲りますが、簡単にいうと、お金や地位や名誉といった人間の心の外にあるものが動機の原因になっていないことが、内発的動機付けの必須条件です。

 

行為それ自体が目的になっていて、手段ではない

動機が内発的であるということは、同時に、その行為をすること自体が目的になっている場合です。

 

外から与えられる賞や罰ではなく、「生きがい」や「自己肯定感」などの内的な満足感の高まりを、その行為が単独でもたらしてくれます。

内発的動機付けで、自分のやる気を高めるには

内発的動機付けは簡単には成立しない

冒頭に金メダルをとるようなアスリートの話をしてしまったので、内発的な動機付けの素晴らしさのほうが強く印象づいてしまったかもしれません。

 

しかし、趣味や気晴らしのために自分が日々やってみることを思い浮かべれば、自分が内発的な動機付けに基づいてやっていることを誰しも1つや2つは思い当たるでしょう。

 

そして同時に内的動機付けが、どんな行為にでも当然に成立するものではないということもわかってくることでしょう。

 

仕事をしてお金を稼ぐために通勤ラッシュの電車に乗り込むこと、学校を卒業するために本当は好きではない苦手科目の勉強をすること、別のなにかを得るために頑張っていることが誰の日常にもあるでしょう。

 

動機というものについて考えるときに「やる気は自分の心の持ち方次第で自由に取り出せるものではない」という点を前提に、ここまで考えてきました。

 

やっていて楽しくと思ってしまうことを、

「やることそれ自体が楽しいからやる」という風に変えていくのは、

ちょっとした工夫や心の持ちようで簡単にできないはずです。

 

外発的なものから内発的なものへと変わることもある

ところで子供が放課後にするような、習い事のことを思い浮かべてみましょう。

 

親から無理矢理通わされて、しつけの一環として習い事をさせられた経験はないでしょうか?

 

それが後から一生モノの趣味や生きがいになる人もいれば、単なる幼少期の思い出の一コマで終わることもあるはずです。

 

つまり、動機は後から内発的なものに変わることもあるのです。

 

スポーツでも芸術でも学問も、いきなり「やることそれ自体が楽しい」なんて思えることはむしろ稀でしょう。

 

地道な積み重ねがまず先にあって、その分野の本当の奥深さ、楽しさは「後から徐々にわかってくる」ということが多いはずです。

 

内発的な動機と、外発的な動機は場面ごとに使い分けよう

ときどき「地位や名誉やお金などに惑わされるのではなく、内発的な動機付けに従うこと大切だ」といった強い思い込みに囚われてしまい、かえって自分を苦しめている人を見ることがあります。

 

しかし、内発的な動機だけを尊いものだと考える必用はありません。

 

地位だって名誉だってお金だって、それがその人のやる気を引き出すなら、なんだって尊いはずです。

 

長期的に一つのことに取り組むなら、内発的動機付け

長期的に見れば、内発的な動機付けでやってきたことのほうが、長続きはしやすいということが言えます。

 

手段のために嫌々我慢してやってきたことは、目的が達成されればそれ以上続くことはありません。

 

また、目的が達成できないとわかれば、そこで諦めたくなってくるでしょうし、そもそも我慢ができなくなれば、挫折してしまうことになるでしょう。

 

そう考えれば、長期的なその人の幸せについて考えるときには、内発的な動機付けの大切さは無視できなくなってくるはずです。

 

好きで続けてきたことで、同時に地位や名声が付いてくるなら、こんなに幸せなことはないでしょう。

☆まとめ

内発的な動機付けだけが尊いものだと思う必要はありませんが、長期的に1つのことを継続すること、それを継続し通したときに幸せになることまで考えれば、内発的な動機付けは非常に大切になってきます。

 

きっかけはすぐにやる気を引き出せるわかりやすい「ご褒美」で、ただし長期的な継続にむけて、行為そのものにも「やりがい」を探してみるというように、いろいろな動機を使い分けて見ることで、自分自身の心をマネジメントすることを心がけてみましょう。